小麦粉の薄皮?関東風さくら餅(長命寺)の誕生に隠された大島桜の歴史

関東風さくら餅(長命寺)の誕生と大島桜の歴史

桜餅の二つの顔

 桜餅は、日本の春を代表する和菓子であり、その愛らしい姿とほのかな桜の香りは、多くの人々に親しまれています。しかし、桜餅と一口に言っても、その作り方や地域によって大きく二つのタイプに分かれることをご存知でしょうか。一つは、小麦粉の生地で餡を包み、焼いた「関東風さくら餅」、もう一つは、もち米の道明寺粉を蒸して餡を包んだ「関西風さくら餅」です。

 この二つの桜餅は、それぞれ異なる歴史的背景を持ち、その誕生には地域ごとの食文化や風土が深く関わっています。今回焦点を当てるのは、小麦粉の薄皮で餡を包む、関東風さくら餅、別名「長命寺」と呼ばれるものです。この長命寺桜餅の誕生には、ある特別な桜の木、大島桜の存在が深く関わっていました。

長命寺桜餅の誕生秘話:江戸の春を彩った薄皮の菓子

 長命寺桜餅の起源は、江戸時代、今川焼の原型とも言われる「今川焼き」や「回転焼き」などの元祖とも言われる、「今川餅」に遡ります。この今川餅は、小麦粉を溶いた生地を薄く焼いて餡を包んだものでした。

 その原型とされるのが、江戸・墨田川沿いの長命寺(現在の向島)にあったと伝えられる、「新製甘藷(しんせいかんしょ)」という菓子です。この新製甘藷は、江戸時代中期、安永年間(1772年~1781年)頃に、長命寺の門前茶屋の店主が考案したとされています。当時は、さつまいもを主原料とした菓子が人気でしたが、これにヒントを得て、小麦粉の生地を薄く焼いて、餡を包み、さらに桜の葉で巻いたものが作られました。

 なぜ桜の葉で巻くようになったのか。その背景には、当時の江戸の風俗が関係しています。江戸時代、人々は季節の移ろいを敏感に感じ取り、春の訪れを祝うために、桜の美しさを愛でる文化が根付いていました。特に、隅田川沿いは桜の名所として賑わい、多くの人々が花見に訪れていました。

 この長命寺の茶屋の店主は、そんな春の風情を菓子で表現しようと考えました。そこで、当時、茶屋の近くの向島に自生していた、「大島桜」の葉を利用することにしたのです。大島桜の葉は、肉厚で香りが良く、塩漬けにすることで保存性も高まります。この桜の葉の香りが、小麦粉の薄皮と餡の甘さを引き立て、春らしい上品な味わいを生み出しました。

 この新しい菓子は、その見た目の美しさと、桜の香りがする独特の風味から、たちまち江戸の人々の間で評判となりました。花見客を中心に人気を集め、長命寺の門前菓子として広く親しまれるようになりました。そして、その名前は、「長命寺桜餅」として定着し、現代まで受け継がれることになったのです。

大島桜:長命寺桜餅を支える特別な桜

 長命寺桜餅の誕生において、大島桜は、まさに主役とも言える存在です。大島桜は、日本の固有種であり、特に伊豆諸島の大島に多く自生しています。その特徴は、他の桜に比べて葉が大きく肉厚で、艶があり、そして何よりも豊かな香りを持っていることです。

 大島桜の葉は、古くから食用や薬用としても利用されてきました。塩漬けにすることで、その香りが失われにくく、また、保存性も高まります。この特性が、菓子に利用する上で非常に有利でした。長命寺桜餅に用いられる大島桜の葉は、通常、春に収穫され、塩漬けにされて保存されます。使用する際には、軽く水洗いして塩抜きをし、独特の芳香を活かします。

 大島桜の葉の香りは、単に風味を加えるだけでなく、桜餅に独特の清涼感をもたらします。この香りが、餡の甘さを引き締め、口の中をさっぱりとさせる効果があります。また、葉の緑色が、餡のピンク色と合わさって、見た目にも春らしさを演出します。

 大島桜は、その美しさだけでなく、利用価値の高さからも、古くから日本人に愛されてきました。長命寺桜餅は、この大島桜の恵みを最大限に活かした、まさに自然の恵みと人の知恵が結びついた和菓子と言えるでしょう。

長命寺桜餅の歴史的変遷と現代への継承

 長命寺桜餅は、江戸時代に誕生して以来、その人気を保ち続け、現代にまで受け継がれています。しかし、その歴史の中で、いくつかの変化も遂げてきました。

 初期の長命寺桜餅は、現代のものよりも厚めの生地であった可能性も指摘されています。しかし、時代が進むにつれて、より薄く、繊細な生地が好まれるようになり、現在の薄皮のスタイルが確立されていったと考えられます。これは、江戸時代後期から明治時代にかけて、和菓子全体の繊細化が進んだ流れとも一致します。

 また、餡の種類も、当初は小豆餡が中心でしたが、時代とともに、こし餡や粒餡など、様々なバリエーションが登場しました。現代では、さらに現代人の好みに合わせた、抹茶餡や白餡などを用いたものも見られます。

 長命寺桜餅が、これほど長く愛され続けている理由の一つに、その手軽さと携帯性があります。薄い生地で餡を包んでいるため、比較的軽く、持ち運びしやすいのです。花見の席や、お茶請けとして、気軽に楽しむことができる点も、その普及を後押ししました。

 現在でも、長命寺桜餅は、春の季節になると、和菓子店で定番の商品として並びます。その伝統的な製法を守りながら、地域ごとに微妙な違いや、各店のこだわりが光る商品も多く存在します。関東地方を中心に、今も多くの人々に愛される、春の風物詩として、その存在感を放っています。

まとめ

 関東風さくら餅、長命寺桜餅の誕生には、江戸時代の食文化、大島桜という特別な桜の葉、そしてそれを菓子に活かそうとした人々の創意工夫が凝縮されています。小麦粉の薄皮に包まれた上品な甘さと、大島桜の葉の清々しい香りは、春の訪れを告げる象徴として、多くの人々の心に深く刻まれています。この伝統的な和菓子は、単なる食べ物としてだけでなく、日本の季節感や自然への敬意、そして受け継がれてきた食文化の豊かさを私たちに伝えてくれる存在なのです。